塔街道霊場巡り3日目(H22年10月3日)
札所 | 第3番 海住山寺(かいじゅうせんじ) 五重塔(国宝) | ||
ご本尊 | 文殊菩薩(文殊堂内) 十一面観音立像(本堂) | ||
ご詠歌 | 松風を ほとけの声と たどりきぬ 海住山寺の 法のたのもし | ||
走書き | 「みかの原 わきて流るる いづみ川 いつ見きとてか 恋しかるらむ」の百人一首の歌で知られる瓶原(みかのはら)を一望におさめる地に、海住山寺が創建されたのは、恭仁京造営にさきだつ六年前、天平7年(735)の事と伝えられております。しかしこの寺は、保延3年(1137)に灰燼の厄に遭い、寺観のことごとくを失ったのであります。その後70年を経た承元2年(1208)笠置寺におられた解脱上人貞慶が廃跡に移り住み、海住山寺と名づけ、旧寺を中興されたと、公式パンフレットにありました。(掲載させていただきました) | ||
ご朱印 | ![]() ![]() |
||
思い出 | ![]() |
![]() |
|
海住山寺境内 | 五重塔 | ||
![]() |
![]() |
||
1層目の下にある裳階 | まだ少し早い紅葉 | ||
札所 | 第4番 岩船寺(がんせんじ) | ||
ご本尊 | 普賢菩薩(本堂内) 阿弥陀如来坐像(本尊本堂) | ||
ご詠歌 | 仏心の 目ざめいただく 普賢さん ここ当尾の 岩船の寺 | ||
走書き | 寺の縁起によると、天平元年(729)、聖武天皇の勅願によって開基したと伝え、平安時代の本尊阿弥陀如来坐像、普賢菩薩坐像、鎌倉時代の十三重石塔や五輪塔、室町時代の三重塔(いずれも重要文化財)というように、それぞれの時代に優れたものがつくられました。歴史的にも美術的にも、浄瑠璃寺などと同じく南都興福寺の影響を強く受けた寺院です。(木津川市HP掲載内容紹介) |
||
ご朱印 | ![]() ![]() |
||
思いで | ![]() |
![]() |
|
ゆったりした山道 | 少し階段を上ると金堂に至る | ||
![]() |
![]() |
||
本堂内陣如意輪観音像お前立 | 如意輪観音の写真 | ||
札所 | 第10番 浄瑠璃寺(じょうるりじ) | ||
ご本尊 | 薬師如来像(三重塔内、秘仏) 九体阿弥陀如来像(九体阿弥陀堂、国宝) | ||
ご詠歌 | ありがたや 浄土の池に 影写し 導き給う 九体の弥陀は | ||
走書き | 寺の縁起には、奈良時代に聖武天皇が僧行基に命じて建立させたのがはじまりと伝えているのですが、浄瑠璃寺の記録「浄瑠璃寺流記事」(重要文化財)の記すところは、永承二年(1047)に、当麻出身の僧義明が薬師如来を安置して開基したことを伝えています。浄瑠璃寺の名は、東方浄瑠璃浄土の主、薬師瑠璃光如来に因んだものです。その後、平安時代末期になって九体阿弥陀仏を安置する阿弥陀堂を建立し、庭園を整備して今日の姿になりました。(木津川市HP掲載内容紹介) | ||
ご朱印 | ![]() ![]() |
||
思いで | ![]() |
![]() |
|
九体阿弥陀堂から見た三重塔 | 解体修理もほぼ終了 | ||
![]() |
![]() |
||
紅葉は今しばらくお預け | 修理中で下から眺める |